なめこおろし

 なめこおろしが好きだ。たっぷりの大根おろしに、湯がいて醤油ベースの味付けをとろりとまとったなめこのみで構成された、ごくごくシンプルな料理。

 

 例えば、たまたま入った飲食店のメニュー表を開く。お刺身が美味しそうね、あら、焼き物や、こっちのから揚げも美味しそう。食卓で花形役者のように彩る主役級のご馳走の数々に、ついつい目移りしてしまう。しかし、それらの華々しさの陰に隠れて、ひっそりとたたずんでいる「なめこおろし」の存在を見つけたときの嬉しさ、そしていじらしさと言ったら。

 

 草花に例えると、初春のまだ寒いころに芽吹きだしたふきのとうや、人知れず凛と咲くすみれに近いような気がする。まだ誰の目にも晒されていない小さな宝物を、私が最初に見つけられたときの喜び。そして、私以外の誰かにも見つけてもらえますように、とそっと祈る。

 

 ところで、最近ではなめこおろし好きが高じて、家でも自分で作るようになった。簡単に作れるうえに、とっても経済的だ。父の晩酌にもさっと出せるし、食卓になめこおろしの小鉢が一つあれば、こってりとしたものを食べた口の中をさっぱりとさせてくれる。

 

 自宅でなめこおろしを作る際の、自分なりのルールがある。それは、なめこおろしには、ひんやりとした冷蔵庫の中で、私の帰りを待っていてほしいということ。ルールというよりもはや、なめこおろしへの願望というべきだろう。

 

 朝、起きて真っ先になめこを湯がく。しゃっきりとした歯触りを残すために、ゆで時間は短めに三十秒程度。ザルで湯を切ったら、なめこに麵つゆを回しかける。あとはラップをかけて、冷蔵庫に入れるだけ。

 

 外出中もときどき、冷蔵庫の中のなめこに思いを馳せてみる。キリリと冷えているかしら。私の帰りを待って、ひそやかに眠るなめこおろしの寝息を想像してみたりもする。帰宅して手洗いとうがいを済ませたら、たっぷり、じゃきじゃきの大根おろしを作ろう。

 

 なめこおろしは、その存在の小ささにも拘わらず、私が用事や仕事で外出するための大きな原動力になっているのである。